1. Context — 背景
金沢で節句人形を扱う老舗の人形専門店。雛人形・五月人形を主力としながら、石川県の伝統工芸を尽くした高付加価値な人形づくりに強みを持つ。市場環境が大きく変化するなか、これからの成長の方向性を見定めるべく、販売データの分析からプロジェクトは始まった。
2. Challenge — 課題
節句人形の市場は、少子化を背景に構造的な変化のただ中にある。しかし3年分の販売データを商品別・送り先別に分解すると、需要が一様に変化しているわけではないことが見えてきた。地域の贈答という文脈での需要が変化する一方で、加賀の伝統工芸を尽くしたフラッグシップ商品は伸長し、首都圏など県外からの引き合いも増えていた。求められているのは「工芸としての価値の高い人形」である —— データからはそう読み取れた。
もうひとつ、節句人形には季節性という構造がある。繁忙期は11月から4月に集中し、残りの半年間は工房や店舗が稼働する機会が限られている。
引き受けた問いは、「縮小する市場でいかに売るか」ではない。「この店が持つ工芸の価値を、誰に、どの出口で届け直すか」である。
3. Approach — アプローチ
- 販売データ分析と市場調査 — 3年分の販売実績を商品別・送り先別に分解し、伸びる領域(工芸フラッグシップ・県外需要)を特定。競合や国内人形市場の構造調査とあわせて、価値再定義の方向性をクライアントと合意した


- ブランド接点の再設計 — 「工芸の店」としての世界観を軸にInstagramを再構築。ブランドガイドラインの策定、フィード・プロフィールの整備、投稿の型と運用フローの設計、コンテンツカレンダー作成まで行い、クライアント自身が回せる体制をつくった



- 通年型体験事業の設計 — 職人の技術を通年で活かす商材として、木目込みだるま制作体験を開発。海外市場リサーチから、だるまがマインドフルネスやコーチングの文脈で受容されていることを特定し、単なる工作教室ではなく「制作(静)×参拝(動)×点眼の儀式(結)」で決意を形にする体験「Craft & Spirit Journey」として設計。価格設計、Airbnbリスティング制作、ツアー資料の整備までを実装した


なぜ「だるま」だったのか
通年で動かせる商材はいくつも考えられた。そのなかでだるまを選んだのは、三つの基準を同時に満たしたからである。
祈りを託す器であること。 節句人形は子の成長を願う器であり、だるまは個人の志を託す器である。形は違っても、どちらも願いを目に見える形にするためのプロダクトという点で同じ系譜にある。老舗にとって新規事業の最大のリスクは、売れないことよりも本業のブランドと接続しないことである。この一点が揃っていたことが、着手の前提になった。
季節に縛られないこと。 節句人形の需要は暦に沿って動く。だるまは、志を立てる人がいれば季節を問わない。工房の技術が通年で稼働する構造をつくれる。
単価を上げる余地が大きいこと。 だるまは、素材と仕立てを変えるだけで価値を積み上げられる商材である。手描き加賀友禅を纏わせる、金沢箔を重ねる、桐箱を誂える —— 上位グレードの設計余地が最初から織り込める。単発の商品ではなく、育てられる事業として選んだ。
素材 —— 本業で使いきれない正絹を、工芸品に変える
雛人形の衣装を仕立てる工程では、加賀友禅の意匠を写した正絹や金襴の端切れが生まれる。本業では使いきれない大きさでありながら、一枚ごとに異なる柄や質感を持つ素材である。
技法の選択も意図的だった。張り子のだるまが親しみやすい縁起物として広く親しまれてきたのに対し、本事業では節句人形づくりで培った木目込みの技法を採用した。端切れをだるまの立体に一点ずつ纏わせ、布の表情と丁寧な仕立てを活かすことで、旅先で買う土産物にとどまらない、長く暮らしのそばに置きたい工芸品へと仕立てている。
この設計によって、本業の制作が続くかぎり素材が生まれ、体験の売上が店舗・工房の技術と雇用に還る循環ができる。ものづくりの現場にすでにある資源を編み直して、新しい出口をつくる —— この事業の骨格はそこにある。
4. Impact — インパクト
Instagramは「見られる場所」から「見た人が動く場所」に変わった。リーチの規模がほぼ同じ月どうしで比べると、プロフィールへのアクセス率は運用前の48%から78%へ上がっている。同じだけの人に届いても、プロフィールを見に来る人が1.6倍になったということである。節句人形の繁忙期を過ぎて閲覧数が落ちる時期に入っても、サイトへの外部リンクタップや住所タップといった「来店・購入に近い行動」は、運用前を上回る水準で続いている。フォロワーの地元比率・女性比率も向上し、量ではなく質が動いている。
体験事業は募集を開始し、初月からインバウンドの予約が入り始めた。Airbnb上では人気ラベルが付き、金沢の体験として上位に表示されている。この体験は収益源であると同時に、石川の素材を使ったブランドだるまという次の商品展開に向けた検証の場としても機能しており、プロジェクトは現在も継続している。






